第一章


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第一章




 都心から少し外れたところに、その女子大はあった。
 生物学のゼミに所属する五人の女子学生が、大学の保健室に向かって廊下を歩いていた。すでに午後の八時を過ぎているので、管理棟の廊下は薄暗く、並んでいるどの部屋にも人の気配はない。
 お喋りをしながら歩く五人の中で、ひときわ容姿の目立つ学生がいた。
 桜木奈々子だ。
 つやつやとしたストレートの黒髪を、後頭部の低めの位置でポニーテールに結んでいる。ゴムで束ねたその髪は、肩の少し下まで、しなやかに垂れていた。
 くっきりとした二重まぶたの大きな目。個性的で小気味よい目鼻立ちをしている。二十歳という年齢に相応しく大人びだした顔立ちと、幼げなポニーテールの髪型との微妙なちぐはぐ感が、逆に、独特の色気を醸していた。
 ボディラインは、服の上からでも見て取れるほど優美であり、そして肉感的だった。茶色いジャケット下のTシャツが、乳房によって、どこか窮屈そうに盛り上げられている。長い脚を包むジーパンの太ももの部分は、中に詰まった肉でぱんぱんに張りつめている。
 その容姿とファッションセンスは、こざっぱりとしたお姉さん系、という感じの印象を人に与えるだろう。

 今、奈々子の隣には、ゼミで一番仲のよい、村野由美が歩いていた。奈々子と由美の前には、三人のグループが肩を寄せ合っている。つまり、ゼミのメンバーは、友好関係により大きく二つに分けられる。奈々子たちと、前の三人とに。この二つの間に、深い溝があるというわけではない。研究室では一緒に無駄話をするし、帰りに五人揃って食事に行ったこともある。ただ自然と、行動が分かれるのだった。
 奈々子は、隣の由美を見やった。実は先程から、奈々子は、由美の様子が気になっていたのだ。
 村野由美は、奈々子とは対照的に小柄で、華奢な体つきをしていた。さらさらとした真っ直ぐの黒髪を、どことなく控えめな感じに、胸もとまで下ろしている。
 この少々引っ込み思案な由美を、奈々子は常にリードする立場だった。二人は姉妹のよう。友人から、しばしばそう冷やかされる。だが、言われるまでもなく、奈々子自身もそう感じていた。大学で由美と出会い、気づいた時には、そんな間柄になっていたのだ。
 その由美の様子が、どうもおかしい。元から口数の多いほうではなかったが、今日は、極端に喋らない。
 前の三人は、対照的に賑やかだった。互いにつつき合ったり、頓狂な声が上がったりする。
 奈々子は、それに張り合うように明るい声を出した。
「今日終わったら、ごはん食べていかない? 前に行った、駅の裏のレストラン、おいしかったから、また行きたくってさ」
「うん……。わたしは、べつにいいけど……」
 やはり、由美からは味気ない返事しか返ってこない。
「どうしたのー? 元気ないね?」
 奈々子は、思いきって尋ねた。
「ううん。そんなこと、……ないよ」
 由美は、そう言って力なく首を振る。けれども、普段とは明らかに違う。具合でも悪いのかな、と奈々子は心配になった。

 保健室の前に行き着き、ひとりがドアをノックした。
「どうぞ!」
 中から、若い女性のはっきりとした声が返ってくる。
 失礼します、とそれぞれに言って、五人は中に入った。
 薄暗い廊下に目が慣れていたせいだろう、保健室の中は、蛍光灯の白い光がまぶしい。
 生物学ゼミの教授、高遠水穂が、歓迎するように部屋の中央に立っていた。いつもどおり、黒のパンツスーツを身に着けている。すらりとした体型なので、その格好が、すこぶる似合っている。
 水穂は、いかにも頭脳明晰そうな顔立ちの美人だった。その知的な雰囲気を際立たせるかのように、小さなフレームの眼鏡を掛け、アップにした栗色の髪をサイドで留めていた。年齢は、教授という地位にあるにもかかわらず、驚くことに、三十の手前なのだった。
 その若さは大きな武器だった。まず、学生たちとの距離がない。打ち解けた先輩後輩のような関係に近かった。しかし、だからといって、学生たちを甘やかすようなことは、決してしなかった。講義では、彼女の有能ぶりが遺憾なく発揮され、鋭い弁舌は、ゼミ生たちを惹き付けた。無断欠席をするような者は、一人もいなかったし、出された課題には、皆、全力で取り組んだ。
 そして、水穂は、ゼミ生の相談には、それがどんな種類のものであっても、親身になってアドバイスをくれた。進路のことはもちろん、恋の悩みや、肌を美しく保つための美容法に至るまで。
 そうして若き女教授は、ゼミ生たちに畏敬の念を抱かせるだけではなく、羨望の眼差しで見られるようにもなっていた。

「皆さん、ごめんなさいね。こんなに遅くまで残らせちゃって」
 高遠水穂は、五人の女子学生を見渡して言った。先週のゼミで、この日の八時半に保健室へ集合するようにと、指示されていたのだ。特別な実験と観察を行うとのことだった。内容に関しては、まだ何も知らされていない。
「いえ、全然大丈夫でーす!」
 ゼミで一番よく喋る山崎理香が、甲高い声で答えた。理香は茶髪で、大きく額を出した髪型をしている。小柄で、ゼミの中でひときわ子供っぽかった。
「では早速始めましょうか。今日行うのは、ずばり、女性の生態についての実験と観察です。皆さんは二十歳、もしくは二十一歳ですよね?」
「はいっ」
 理香たちが、嬉しそうに返事をする。
 奈々子と由美は二十歳だった。
 けれども、奈々子には年齢のことよりも、頭に引っ掛かった言葉があった。女性の生態……。
「その年頃は、女性として、もっとも美しい時期だと多くの人が言います。わたしも同意見です。皆さんは今、その真っ只中にいることになりますね」
 水穂は、微笑みを浮かべて見回す。女子学生たちは、黙っていた。
「そこで! 皆さんは、同じ年頃の、同じ花盛りの時期にある女の人の生態を、観察してみたいとは思いませんか?」
「はい、したいです!」
 真っ先に答えたのは、またもや理香だった。理香に続き、二人の女子学生も強い反応を示す。
「わたしも、すんごい興味があります!」
 圭子が、弾んだ声で言った。
「なんだか、わくわくしてきましたっ!」と瞳。
 奈々子には、水穂の言葉からは具体的なイメージすら湧かなかった。なのに、理香たち三人の、この反応はどうだろう。強い違和感を抱いていたが、奈々子は、この場のムードに呑まれて、仕方なく同調することにした。
「あっ……。わたしも、そう、思います……」
 なんだか意思の弱そうな声になってしまった。由美は、やはり体調が優れないのか、顔を俯けている。
 水穂は、満足げにうなずいた。
「今回の実験なのですが、当初は、外部から若い女性に来てもらうことを考えてたんですけど、事務上の問題で、それが難しくなりましてね……。そこで、皆さんの中から誰か一人に、その代わりをお願いしようと思っています。よろしければ、勝手ながら、わたしのほうから指名させて頂きます」
 奈々子は、それを聞いて少し動揺した。しかし、前の三人は平然として、妙に納得した様子で首を縦に振っている。
「わかりましたあ……。やっぱり、こういう時は、みんなで協力しないといけないよね」
「先生、わたしも賛成します。その実験、興味ありますし。それで、誰になるんですか?」
 理香と圭子が、優等生よろしく言った。
「ありがとう。皆さんなら、誰でも快く引き受けてくれると思っていました。では、異論もないようなので……」
 水穂は、ゼミ生たち一人ひとりの顔に視線を走らせる。異議を唱える余地すらなかった。
「桜木奈々子さん。やってくれますね」
 どきりと心臓が跳ね上がった。
 女教授の眼鏡の奥の眼差しが、奈々子をじっと捉えている。
「あなたを選んだ理由は、もっとも健康そうだし、体格的にも申し分ないと判断したためです」
「えっ……」
 奈々子は、想像もしていなかった展開に、言葉に詰まった。
「おめでとー。奈々子!」
 理香が振り返って言い、前の三人が、奈々子に向かって拍手し始めた。
「ちょっと待ってくださいっ。あの、先生、今日の実験って、そもそも何をするんですか!?」
 初めに訊くべきだった質問を、奈々子は、今になって慌てて口にした。
「それについては、順次説明します。とにかく、これから桜木さんには、完全な被験体となって頂きます」
 まさに有無を言わさぬ口調だった。奈々子には、それ以上、訊くことはできなかった。
「……被験体、ですか」
 それが、今から奈々子の置かれる状況なのだ。その言葉の響きに、どうしても嫌なものを感じてしまう。
「そう……。被験体となる桜木さんには、申し訳ないけど、その場で、服をすべて脱いで、裸になってもらいたいの。心の準備もあるでしょうけど、時間もないので、五分。五分以内に」
 常識では考えられないような指示だったが、女教授の口調はあっさりとしていた。すると、それを合図にしたかのように、奈々子のそばに立っていた学生たちが、さっと距離を取った。なんと、由美までもが、そろそろと離れていく。
 聞き間違いではないかと、奈々子は思っていた。しかし、奈々子を見つめる水穂の眼差しには、冗談など含まれていなかった。奈々子をからかっている、というわけではなさそうだった。
 ハダカ。裸。ここで……? その光景を想像し、みるみると顔中が赤面していくのを感じた。
「ええっ……。嫌です、そんなの。わたし、できません。誰か、別の人、外部の人とかに頼んで下さい」
 奈々子の代わりに、ゼミの仲間の誰かが服を脱げるとも思えなかった。いや、外部の人間であろうと、そんなことのできる若い女性がいるのかどうか。
「ですから、それは事務的な事情で駄目になったと言ったでしょう。わたしは、代わりを、桜木さんにお願いしてるんです。あなたが協力しないせいで、ゼミのみんなに迷惑が掛かるんですよ。さあ、時間も限られてるんだから、着ているものを脱ぎなさい」
 水穂の声が厳しくなる。彼女は、苛立ったように片脚に重心を掛け、腕時計に目を落とした。
 どくどくと心臓が脈打っている。奈々子は、怯む自分を懸命に鼓舞した。
「だったら……、実験は中止にして下さい!」
 そう叫ぶと、水穂の双眸が見開かれたように見えた。
 対立が決定的となり、凍てつくような沈黙が流れた。
 やがて、水穂が冷ややかな口調で言いだした。
「わたしに歯向かうということは、それなりの覚悟を持ってるんでしょうね? 授業を妨害したということで、わたしは学校側に、あなたに対する厳しい処罰を求めますからね。わたしがその気になれば、あなたが大学にいられなくなるようにすることくらい、簡単なのよ」
 目の前が真っ白になった。
 そんな……。これほど理不尽な話はあるだろうか。どうかしている。
 とはいえ、もし、大学を追い出されるという事態になったら、奈々子の人生は大きく狂うことになる。
 奈々子は、途方に暮れてしまった。ぎゅっとTシャツの胸もとをつかむ。
「ねえー、さっさと脱いでよ、奈々子。なに、いつまでもぐずぐずしてんの?」
 信じがたいことに、理香までもが、奈々子をせき立ててきた。
「そうだよお。女しかいないんだし、授業なんだから、恥ずかしいことなんてないでしょう」
 圭子も、指名されたのが自分ではないからといって、好き勝手を言う。
 どうも変だと、奈々子は感じた。今日は、みんなしてどうかしている。まるで示し合わせたように。
 そこで、奈々子は、ようやくすべてを理解した。由美の様子がおかしかったことにも、説明が付く。
 奈々子以外のゼミ生は、事前に、水穂から知らされていたのだ。この日、保健室で、奈々子が『被験体』として指名されることを。奈々子は、それを確信した。
 そして、奈々子本人には教えてはいけないと、水穂は口止めした。特に、由美に対しては、きつく言いつけたのだろう。半ば脅しのような口調だったのかもしれない。だから、由美は、奈々子の身を案じ、表情が暗くなっていたのだ。
「早く服を脱いで、被験体として協力しなさい。どうしても協力したくないなら、今すぐ部屋を出ていきなさい。ただしその場合、潔く、退学届けを大学に提出しなさいね。授業を妨害するような不届き者がいると、ほかの学生に迷惑が掛かりますから、わたしは、いかなる手段を用いても、この大学から排除します」
 水穂は、こちらを睨みつけている。
「先生の言ってること、当然だよね。奈々子のせいで授業がめちゃくちゃになるんだから。奈々子ったらサイテー」
 理香は、唇を突き出して言った。
 普段とは別人の水穂と理香に責め立てられ、奈々子の頭は混乱していた。現実から逃げ出すように、この部屋を飛び出したい。しかし、その先のことを思うと、脚が動かなかった。
「あっ……。はい」
 奈々子は、ぽつりと声を発していた。
 全員の視線が、奈々子に向けられる。
「やります、わたし……」
 言っておきながら、わたしは本当にやれるんだろうか、という思いが脳裏をよぎった。
 女教授の目が細められる。彼女は、馬鹿にするかのように、ふん、と息を吐き、腕時計を見やった。
「時間がないの。一分以内に裸になりなさい」
 奈々子は、頬の肉が引きつるのを感じた。一分以内。一分後には、この場で、わたしは、一糸まとわぬ姿になっているというのか。現実味がない。そうなった時、どれほどの恥ずかしさに襲われるのか、想像もつかない。
 薄手のジャケットに手を掛け、両腕を抜き、ばさりとその場に落とした。続いてTシャツの襟もとを、そっとつかんだ。
 手が止まった。これから自分のやろうとしていることが、本当に信じられなかった。やっぱりできない……。
 女教授の目つきが、またもや険しくなる。
「時間がないって言ってるでしょ! 早く脱ぎなさい!」
 鋭い声を飛ばされて、奈々子は息を呑んだ。恐怖のあまり、慌てて脱衣を再開した。
 Tシャツとジーパンを脱いで、奈々子は下着姿になった。ブラジャーとパンツで揃いの、パープル色の下着を着けていた。
 おそるおそる、視線を水穂に向けた。これで許してもらえませんか、という願いを込めていた。下着姿であっても、息もできないほど恥ずかしかった。
 だが、奈々子を見据える女教授の目つきは、どこまでも厳しかった。すべて脱ぎなさいと言ったでしょう、という言葉が、ひしひしと伝わってくる。
 奈々子は、こわばる手でブラジャーを外した。左腕で、遮るように乳房の先端を隠す。それから、性器を見られないようにと意識して、右腕を股間にあてがいながら、徐々にパンツを下げていった。
 パンツを両脚から抜き取ると、奈々子は、ぎゅっと股を閉じ、右手を陰毛の上に重ねた。足元には、今まで奈々子が身に着けていたものが、捨てられたように置かれている。
「桜木さん。シューズと靴下も脱いで」
 水穂は、さらに注文を付けた。
 もはや、奈々子は、唯々諾々と命令に従うしかなくなり、足の指を引っ掛けてシューズと靴下を脱ぎ、裸足になる。
 奈々子の姿は、無惨だった。
 全裸にさせられても、なお、見られたくないところを強固に隠そうとする、恥じらいの姿態。けれども、同時に三つの部分を手で隠すことは不可能なので、必然的に、そのうちのどこかが露出することになる。今、奈々子の剥き出しのおしりが、彼女の背後にいる、同い年の四人の女子学生の視線に晒されているのである。
 脂肪ののった肉付きのよいおしりが、ぶるぶると小刻みに震えている様は、奈々子の恥辱を雄弁に物語っていた。
 奈々子は、恥ずかしさに、耳朶まで真っ赤になっていることを、自分自身で嫌というほど感じていた。
 ふと、この場には由美もいるということを思い出す。正常な思考能力を失ってしまい、束の間、それを忘れていたのだ。惨めな格好を由美にまで見られている、という思いが、頭から離れなくなった。
 
 女教授は、奈々子の裸体を、頭のてっぺんから足先まで視線で舐めた後、おもむろに壁際に向かった。戸棚から、一枚の紙がクリップで留められているホルダーと、ボールペンを取りだす。それを五人分用意すると、奈々子以外のゼミ生に配り、水穂自身も一つ手に持った。
「さーて……、これから、桜木さんの体で、実験と観察を行っていきます。みなさんは、細かいところまで、しっかりとメモを取っていくんですよ」
 常識的には狂っているとしか思えない水穂の発言にも、由美以外の三人は、なにやら嬉しそうに返事をした。
「まずは、スリーサイズを調べましょう。山崎さん、あなた、測ってくれる?」
 指名されたのは、理香だった。
「はーい。わたしがやります!」
恐ろしいことに、理香は、二つ返事でその役を引き受ける。

 メジャーを手にした理香が、奈々子の前に立った。理香の顔には、明らかに奈々子を小馬鹿にした薄笑いが浮かんでいた。
 絶対に見せられない。奈々子は、乳首と恥部を隠している両手に、むしろ力を込めていた。この手をどかすなど、精神的なレベルではなく、もはや肉体的に不可能だと感じた。
 それに対し、理香の取った行動は、あまりにも無情だった。理香は、奈々子の恥じらいなど一顧だにしていない様子で、邪険に奈々子の両手を払いのけたのだ。
「えっ、いや……」
 奈々子は、思わず声を漏らしていた。全身が凍り付いた瞬間だった。
 弾かれたように乳房が揺れ動き、薄紫色の乳首が、どこか寒々とした感じで顔を出した。下のほうは、丸みを帯びた腰の中央で、黒々と陰毛が茂っている。
 奈々子は、ショックのあまり、四肢から力が抜けそうになった。やり場のなくなった両手を、祈るように胸の前で組むと、腕がひどく震えていることに気づく。
 理香は、そんな奈々子の様子にすらお構いなしに、メジャーを持った手を奈々子の背中側に回した。
 奈々子の双方の乳首に、メジャーのヒモが当てられる。しかし、理香は、バストの数値は確認したはずなのに、どういうわけか、ヒモを解こうとはしなかった。さらには、理香が、まじまじと自分の乳房それ自体を観察している気がして、薄気味悪くなる。
 すると突然、乳首に、擦れる痛みが走った。
「ちょっ……、痛っ……」
 信じがたいことに、理香は、乳首に当てたメジャーのヒモを、小刻みに上下に振っているのだった。乳首は無惨にねじれ、乳房は、なだらかな裾野まで震えている。
 理香の顔には、悪意を含んだ好奇心が、はっきりと表れていた。それを見た瞬間、奈々子は、怒りと屈辱がほとばしり、衝動的に理香の横っ面を張った。
 よろめいた理香は、一拍置いて、痛そうに叩かれた頬を押さえると、怯えた目つきで奈々子を見やる。
 奈々子は、荒くなった呼吸を整えながら、理香を睨んだ。なに考えてんのよ、あんた……。
 その直後だった。水穂がヒールの音を鳴らしながら、勢いよく奈々子のほうに迫ってきたのだ。奈々子は、強烈なビンタを張られた。理香を叩いた仕返しを、水穂から喰らった格好である。
「桜木さん、今は生物学の授業中なのよ。なんで山崎さんのことをぶったりするの!」
「先生、だって理香は……」
 そこまでしか、奈々子は言うことができなかった。目に涙が溜まってくる。
「そんなの関係ないわ。この子に謝りなさいよ!」
 水穂に怒鳴りつけられ、奈々子は、すっかり怖じ気づいた。
「ごめんなさい」
 奈々子は、ほとんど涙声で理香に向かって謝った。
 けれども理香のほうは、無言のまま、そんなんじゃ許せないとでも言うような目つきで、奈々子を見返している。
「さっ、山崎さん。気を取り直して、続きをやって」
 水穂は、奈々子に対するのとは正反対の優しい口調で、理香を促した。
「……はい」
 理香は答え、メジャーのヒモを持ち直す。そして、奈々子にすっと歩み寄ると、悪魔でも乗り移ったかのような低い声で囁きかけてきた。
「思いっ切り、恥をかかせてあげるからね」
 その言葉に奈々子は背筋が寒くなった。怖い……。教授がバックに付いているから、反抗することもできない。これからわたしは何をされるんだろう。

「バスト85!」
 測り終えた理香が、高らかに言う。奈々子の周りで、それをゼミ生たちが紙にメモする気配があった。「おっきいなあ」と羨ましげな声も上がる。ウエストは63だった。
 次に、ヒップを測られようとしている。奈々子は、途方もない恥辱に耐えなくてはならなかった。パンツを脱いだ状態でヒップを他人に測られることなど、日常からすれば狂気の沙汰である。
 理香は、奈々子に向かって、にたりと笑いかける。そうやって奈々子を挑発しながら、ゆっくりと腰を落とし、床に片膝を突いた。
 奈々子のおしりのほうから、メジャーのヒモを引っ張ってくると、理香は、意地の悪いことに、その端っこを陰毛の中に埋めた。そこでヒモをクロスさせると、目盛りを読むため、奈々子の陰毛に鼻先がくっつくほど、顔を寄せてきたのである。
 さらには、理香が、鼻から微かに息を吸い込んでいる音が、奈々子の耳へ飛び込んできた。
 奈々子は、理香の行為を察して、ぞっとさせられた。この子は、わたしのアソコの臭いを嗅いでるんだ……。
 気の狂うほどの恥ずかしさに、奈々子は、喘ぐような浅く荒い呼吸を繰り返していた。
 たっぷり十秒ほど時間をかけて、理香は数値を確認した。
「ヒップは88!」
 理香は、気の済んだような顔をして周囲に伝える。そして立ち上がり、ゼミ生たちのほうに戻りながら、呆れたような口調で言い放った。
「ねーえー。奈々子のマ○コがさあ、臭すぎて参ったんだけどー」
 そんな発言を、奈々子は、意識の片隅で予期し、また、覚悟はしていたものの、実際に言われると、ものすごいショックで、ぐらりと立ち眩みを起こした。
 理香の言葉に応じて、圭子の声が響く。
「でも、わたし、ずっと前から、絶対に奈々子は臭いマ○コしてるって思ってたよ。だって、奈々子の顔や体つき見てると、そんな感じするもん」
「こらこら、生物学の授業中ですよ。性器のことを、そんな稚拙な言い方しては駄目でしょう」
 水穂は、たしなめてはいるが、まったく真剣味の無い顔をしている。
 それに対して理香と圭子も、空々しく反省の言葉を口にした。
「わかればいいのよ」
 水穂はにっこりと微笑むと、つと、奈々子へと目を転じた。
「桜木さん。こっちを向きなさい。……気をつけ!」
 まるで、小中学校の体育の授業のような物言いで、水穂は命じる。奈々子は、腰の横にそっと両手を添えた。全裸では、極めて屈辱的なポーズである。
 従順な教え子を見た女教授は、満足げな笑みを浮かべ、他の四人のほうに向き直った。
「この部屋、明るいでしょう。みなさんが来る前に、蛍光灯をすべて新品のものに取り替えておいたの。なぜって、桜木さんの体の細部まで、よく見えるようにするためよ」
 水穂の声音には、どこか誇らしげな響きがあった。
「あっ、やけに、この部屋明るいなって思ってたんですけど、このためだったんですね!」
 理香が、納得したように返す。
「そうなのよ……。この実験と観察のためなのよ」
 実験と観察の対象、つまり全裸の奈々子へと、水穂は、再び視線を戻す。女教授の目つきは、自身の教え子を見るものとしては、明らかに異常だった。なにか、彼女の内に渦巻く妖しい感情が、その眼差しに宿っているかのようなのだ。
 それに気づいた奈々子は、得体の知れない恐怖感を抱いた。目を合わすことを拒むように、さり気なく視線を逸らす。

 と、その時、水穂が突然、つかつかと奈々子に近づいてきた。奈々子のすぐ目の前で足を止める。
「かわいい……」
 女教授は、裸にさせた教え子に向かって、脈絡なく、そう言った。
 突飛な言葉の次には、水穂の手が伸びて、奈々子の頬を、愛おしむように撫で始める。何の真似だろうか、上唇を捲り返すようなことまでするのだった。そのせいで、あどけなさの残る奈々子の美貌が、ひどく見苦しい表情に変えられていた。女教授と全裸の教え子との間に、禍々しいまでの卑猥な雰囲気が漂う。
 水穂は、指に付いた唾液を、奈々子の頬に擦りつけると、つと視線を下げた。奈々子の豊満な乳房を見つめる。
「いいわねえ……、二十歳の若さ。美しくって可憐で、嫉妬しちゃう。なんだか、憎たらしいわぁ」
 水穂は呟くように言いながら、出し抜けに、双方の乳房をぐっとつかんだ。奈々子は、息が止まり、全身が竦み上がった。
「うっ……、ぐっ……」
 水穂は、乳房に指をめり込ませた両手を、円を描くようにゆっくりと動かし始める。量感に富んだ奈々子の乳房は、ひしゃげたり横に歪んだりと、いやらしく形状を変えられていく。
 奈々子は、朦朧としてくる意識の中で、自分の胸をもてあそぶ女教授に対して、激しい憎悪を抱いていた。あれほど優秀だった高遠水穂に、こんな一面があったとは……。
 変態。その言葉が、心に浮かぶ。変態、変態、変態……。奈々子は心の内で、ひたすらにそう叫び続けた。
「あなたは、処女なの?」
 唐突に、おごそかな口調で問われる。
 奈々子は、ごくりと生唾を飲み込んだ。もういい加減にして、と奈々子は女教授を突き飛ばしたかった。どうしてわたしは、裸にさせられ、教授に胸を触られながら、処女かそうでないかを公言しなければならないのか。
 奈々子が黙っている間にも、水穂の両手は、間断なく乳房を揉み続けている。
「答えなさいよ」
 さながら詰問である。水穂の顔が、ひどく険悪になっていた。
 奈々子は観念した。嘆息して、口を開く。
「処女ではありません」
 すると、ゼミ生たちの間から、なぜか、がっかりしたような声が聞こえてきた。舌打ちする音まであった。
「つまらないわぁ、まったく。うぶな体じゃないのね」
 水穂は、非処女であることを咎めるように言い、右手を乳房から外した。その手が、奈々子の裸体の表面を下降していき、腹部を通って臍の下にまで達した。
 奈々子は、水穂が、どこを狙っているのか悟り、体を捻って逃れようとする。
「動かないで! また叩かれたいの!?」
 理不尽で痛烈な恫喝は、奈々子の精神を打ち砕き、女としての最低限の誇りすらも諦めさせた。
 案の定、水穂の右手は、陰毛の間を突っ切ってさらに下へと進む。ややあって、股間の裂け目に、中指が食い込んだ。
「はおぅ!」
 体の芯を不快な電流のようなものが流れ、思わず奈々子は声を漏らしていた。秘部へと差し込まれた中指が、ゆっくりと小さく前後に動き始める。
 奈々子は、身を裂かれるような恥辱に膝が震え、立っているのもやっとの状態だった。
 そんな奈々子の表情を、水穂は薄笑いを浮かべながら眺めている。
 やがて、おもむろに中指が抜かれ、水穂が、その右手を、緩慢な動作で目の高さにまで上げる。
 水穂の中指が、ほんの微かだが透明な液体で濡れているのを、奈々子も視認した。眼前の光景が、二重にぶれて見える。あまりに現実味が希薄だったからだ。
 しばらく水穂は、いやに真面目腐った表情で、愛液に濡れた中指に目を凝らしていた。そして、何かに納得したように首を上下に振ると、これ見よがしに中指をスーツの裾で拭き、視線を奈々子の顔に走らせた。
「恥ずかしがってるんじゃないわよ、この、淫乱女。……ほら、しっかりと気をつけ!」
 またもや水穂に喝を入れられる。
 奈々子は、背筋を伸ばして直立した。自分の姿が、とてつもなく惨めであることは、百も承知だった。だが、ひたすら、この永遠にも感じられる生き地獄に耐え続けるしかなかったのだ。

 その時、突然、理香の声が部屋に響いた。
「ちょっと由美。なんで俯いてんのよ……。ぜんぜん授業に参加してないじゃない」
「え? そんな……。わたし……」
 狼狽する由美を見た理香が、畳みかける。
「一度こっちに来て、奈々子の体をちゃんと観察しなさいよー」
 理香は、由美の二の腕をつかむと、その小柄で華奢な体を引っ張って、奈々子のすぐそばまで連れてくる。
 由美は、へどもどしながら奈々子の顔を一瞥した。由美の眼差しには、奈々子に対する深い哀れみの色があった。
 奈々子は、居たたまれない思いに押し潰されそうになり、思わず目を逸らした。
「ほらぁ、しっかりと、体を見るのお」
 由美もまた、気まずそうに床に目を落としていたのだが、理香が強要する。
 理香に逆らえない由美は、奈々子の裸体に目を向けた。自分の姉のような友達の裸を目にしている、と強く意識したのか、由美のほっぺたが、瞬く間に紅潮していく。
 奈々子にとっては、由美の視線がなによりつらい。その心理を、理香はちゃんと見抜いているらしかった。要するに、由美を利用して、奈々子により強烈な苦痛を与えようと思いついたのだ。
 露わにさせられた乳首や陰毛の上を、由美の視線が、じりじりとなぞっている。奈々子は、腰の横に手を据えたまま、それを必死に耐え抜いた。その間、理香は、ほくそ笑みながら奈々子の表情を眺めているのだった。

「桜木さんって、結構、毛が濃いのねえ」
 ふいに、水穂が、奈々子の下腹部をじっと見つめながら、しみじみとした口調で言った。
 それに対して、奈々子は、口元を引き結んで黙っていた。
 水穂の顔に、だんだんと不気味な冷笑が浮かんでいく。彼女は、ぽんと手を叩いた。
「そうねっ……。これから、あなたの陰毛を採取することにするわ。もちろん、これは立派な実験と観察の一環ですから、拒否することは、絶対に許しません」
 そんな……。何を言ってるの、この人は、嘘でしょう。
 わなわなと立ち尽くす奈々子を尻目に、水穂は、平然とした顔で、再び戸棚へと歩いていった。
 水穂が取り出したのは、透明な小さいビニールの袋だった。幅は三センチほどで、チャックの付いたものだ。それを五枚持った水穂は、声を張り上げて女子学生たちに言った。
「誰か、桜木さんの陰毛を採ってくれる子はいませんか? わたしの分も含めて、五本です」
「はい、わたしがやります!」
 間髪を入れず、理香が名乗り出る。水穂の手から、五枚の小さなビニールの袋が理香の手に渡った。
 ビニールの袋を持った理香が、勝ち誇ったような表情で、奈々子に近づく。
 とうとう奈々子の感情が決壊した。
 顔つきが醜く歪み、その目から涙が溢れだす。奈々子は、両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣き始めたのだ。両手の隙間から、籠もった泣き声が漏れる。
 それでもお構いなしに、というより、むしろ愉快そうに、理香は、奈々子の腰の前で立て膝になり、作業を実行する。恥丘に茂る陰毛を撫でつけながら、まず、一本を選んで摘んだ。
 理香が毛を引き抜いた瞬間、奈々子の全身がぶるりと揺れた。その様を見た理香は、なおさら快感そうな表情を浮かべる。
 そして、摘んでいる一本の縮れた毛を、一枚の袋に収めた。
「ねえ理香、もっと下の、おしっこの付いてそうなところから採ってよ」
 圭子が、はしゃぎながらリクエストを送る。
「オッケー」と理香は、気さくに応じた。
 もはや、奈々子には、それを拒絶する気力さえ残っていなかった。
 無防備な性器の肉には、理香の指先が、無遠慮に押しつけられる。理香は、奈々子の股間の、周囲とは若干、色の変わっている柔らかな肉に視線を注いでいる。
 二本目の陰毛が引き抜かれると、圭子と瞳は歓声を上げ、由美だけは、姉のような親友の惨事から目を背けていた。





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