■親友に恋した、はるかの場合。  
□投稿者/ れい(2006/02/25(Sat) 22:32:09) 


夏子からの呼び出しは、突然だった。 いつも突然だけど。 “ね、今日ご飯、無理かな。今わたし表参道なんだけど。” いきなり、今日。 しかも場所まで指定、表参道。 彼女はいつもそうだ。 彼女の予定は決まっていて、 あとはその予定に合う相手を携帯のメモリから選び出すのだ。 私はいまのところ、その呼び出しリストのトップ集団にいる。幸いなことに。 彼女はわがまま、というよりは極度の寂しがりやで、 私にとってはそんなところが愛しかった。 昔から、面倒見はいい方だった。 頭の中でこれからこなす仕事の量と移動時間を瞬時に計算し、 仕事中だというのに、すぐにメールを返した。 “四十分後、青山通りのスタバで。” 彼女は私の高校時代からの親友で。 私の想い人だった。 (携帯)
メールを返してから、仕事を明日できるものと、今日中にやらなければならないものに整理する。 今日中にやらなければいけないこと三件を、 うち一件の見積もりは同期に明日のランチと引き換えにお願いし、 一件の提案書はお客さま先に電話をして締め切りを明日の朝一までにしてもらった。 どうしても今日中にやらなきゃいけない稟議書類一件を無理矢理に片付けて、 「おつかれさまです」 すぐに会社を出た。 いつもより3時間は早い退社時間に、 擦れ違うスタッフの子たちが驚いているのが見て取れる。 「デートですか」 エレベーターホールでエレベーターを待っていると、後ろから声がした。 派遣のスタッフの一人がちょうど帰るところだったのか、 私の後をついてきたらしく、人懐こい笑顔を浮かべて立っている。 先月あたりにうちの会社に来て、最近わりと話すようになった子だ。 「まぁね」 そう言って微笑む。 派遣の彼女は私を見上げるようにして「いいなぁ」と呟いた。 エレベーターの中で並ぶと、私はずいぶん身長が高いなと思わされた。 小さくて、かわいらしい。 彼女は男の人にモテるだろうな、と漠然と思った。
ここまでで、メールを返してから十分。 駅のホームまでこのまま歩いて十分、 乗り換えのタイムラグに五分をみて… 残りはあと十五分。 向こうに着いてから歩く時間を考えると、 確実に間に合わない。 弱ったな…走るしかないか。 ビルを出たところで、派遣の子に 「ごめん、急ぐんだ。走るね」 「あ、はい!がんばってくださいね!!」 そう告げて駅までハイスピードで走った。 社会人になってまで、こんなに全力疾走するなんて。 社会人になってからだいぶ経つせいか、体力の衰えが感じられたが、 彼女に会える喜びで、気分が学生の頃に戻っているのが感じられて、少し笑った。
「おまたせ」 そう言ってスタバに着いたのは、メールを出してから四十五分後。 彼女はテーブル席に座って、フリーペーパーを眺めていた。 私の姿を認めると、ふんわりと微笑む。 その一瞬にして空気が緩む感じが私は好きだった。 そこに私がいてもいいと、認められている感じがして。 「お仕事、おつかれさま。大丈夫だったの?こんなに早く出てきちゃって」 私が毎日残業続きで帰りが遅いのを知っている彼女が、 心配そうに私の顔を覗き込んでくる。 「ん、平気平気。なんとかなるよ」 そう軽く返して、私は彼女の向かいの席に座った。 彼女は今日がおやすみだったらしく、仕事帰りにたまに会える日に比べて メイクも服装もずいぶんときれいに整えられていた。 改めて見て、彼女はきれいになったなぁと思わされる。 高校の頃から、周りの友達に比べて夏子はきれいな方だったけれど、 彼女は歳を重ねるごとにきれいに、魅力的になっていく。 「今日、ありがとうね。いきなり呼び出してごめんね」 「いや、私も夏子に会いたかったしさ」 心の底からの本心をそうして言葉にすると、彼女は嬉しそうに笑って 「ありがとう。そういってくれると、すごく嬉しい」 私の目をじっと見て、そう言った。 彼女のその言葉に顔が赤くなりそうになる。なったかもしれない。 白熱灯の照明で良かった。多少ごまかせてはいるだろう。 私は、更に赤くなって夏子に不審がられないよう、慌てて彼女から目を逸らした。 ――きれいになったね。 言おうと思っていたその一言は、そんな状態の私には言えるわけもなく。 赤面している私の心の中に、今はまだ、そっとしまっておくことにした。
表参道近く、青山通りのスタバを待ち合わせに指定した時点で、 電車での移動中に、今日行く店はピックアップしてあった。 地下に階段を降りていく、ライティングのきれいなイタリアン。 店員さんがイケメン揃いなのは場所柄だろうか。 ここはお料理も、スウィーツもわりとおいしい。 甘いもの好きの彼女を連れて行くのには打ってつけの店だった。 彼女との日々の報告のような会話、最近あった出来事を一通り話し終え、 食後のコーヒーとケーキを食べていたときに、彼女はその話を切り出した。 「ね、はるか。WEBで日記とか、書いてるって言ってたよね?」 「え、あ…うん。どうしたの、いきなり?」 そういえば書き始めの頃、二人で飲んでいるときに彼女に話したのかもしれない。 機械があまり得意ではない彼女はPCもその例外ではないらしく、 その手の話には普段興味すら示さないのだけれど。 その彼女にしては急な話題だったので、私は動揺した。 最近、大流行しているブログについて書いてある雑誌の記事でも読んで、 自分もやってみようとでも思ったのだろうか。 しかし、なんだか厭な予感が、尾骶骨のあたりから伝わってくるのをわたしは感じていた。
どうしたの、との私の問いかけに、夏子は何故か言葉を躊躇っているようだった。 「夏子?」 らしくない彼女の行動を、不思議に思う。 「…やっぱり、なんでもない」 「夏子」 「……。」 彼女は普段、一度自分から振った話を、言葉を躊躇ったり、 言いかけた話を撤回したりするタイプではなかったので、気になった。 「ごめん。たぶんわたし、それ見つけちゃったかも」 「えっ…」 迷った末、夏子の口から発された言葉に思わず、言葉に詰まる。 私の体から、血の気が引くのが感じられた。 私のブログが、夏子に読まれた…?! それはまずいことになったと、瞬時に悟る。 私の日記、ブログサイトは、仕事の愚痴が4割、その他の日常が1割、 そしてほぼ半数は、他では決して口外できない、切なる彼女への想いを綴っていたから。 そこが読まれた、ということは、私の想いが彼女に伝わってしまうということだ。 確かに、Webなんかで彼女への想いを綴ってた私が悪い。 それは自覚している。 でも、それを本人に読まれていて、あまつさえその事実を 彼女本人に突きつけられるなんて事態、誰が予想しただろうか。 こんな事態、どうやって反応していいのかすらわからない。
私の頭はショート寸前で(いや、ショートしてたかも) 私の口の端には、直前まで浮かべていた笑みが、 薄ら笑いに変わってへばりついたままになっていた。 「このサイト、違ってたらいいんだけど…」 そんな私の胸中を知ってか知らずか、夏子は、最近買い換えたという PCサイトビューアのついた新しい携帯を操作して、 丁寧にも、そのサイトをわざわざ私に見せてくれた。 夏子が見せてくれたサイトは、紛れもなく私のブログサイトで、 画面には、昨日の夜、私が書いた仕事の愚痴の日記が表示されていた。 彼女が私の反応を待っているのが分かる。 「えーと。んー…」 いろいろ誤魔化してみようと試みたけれど、 それを見られている以上、どう誤魔化していいのかすら、わからなかった。 しばらくショートしていた頭が復旧するまで、そんなに時間はかからなかった。 簡単なことだ。誤魔化しようがないものを一生懸命誤魔化そうとするから難しいのだ。 「誤魔化しようがない」のだから、もう諦めるしかない。 あと私に残された道はひとつだけだった。 開き直るしか、方法がない。 あとは、彼女がどう出るかだ。
少しだけ椅子を後ろに引いて、椅子の背もたれに寄りかかるようにして座り直した。 彼女の表情をみることなんて、できなかった。 食事の時に散々飲んだワインの酔いが、一瞬にして抜けたのが分かった。 「…全部、よんだ?」 やっとの思いでそれだけ質問する。 「三分の一くらい…かな…」 三分の一読んでいて、彼女のことを書いた記事だけを 運良く読み逃しているなんて都合のいい話は、まずありえない。 「…あー…。じゃあ、読んだ、よね?」 「…うん」 念のため、確認してみる。 何を“読んだ”のかは、言わなくても当然伝わっていた。 分かってはいたけれど…絶望的な気分になる。 まさか、今まで細心の注意を払って彼女に接してきた私の気持ちが、 こんな形で彼女本人に伝わってしまうとは思わなかったから。 泣きたい気分だった。 「軽蔑、した?」 「そんなこと、ないけど…」 「…けど?」 「……。びっくりした」 彼女が当然の感想を漏らす。 「そりゃ…そうだよね。……なんか、ごめんね」 「あやまらないで」 気分がどんどん落ち込んでいくのが分かる。 会話を続けていないと、泣いてしまいそうだった。
「どうやって、私のサイトを発見したの?」 軽い、世間話でもするように、努めて明るく彼女に話を振った。 自虐的な気分になっている。 これ以上聞いてしまったら、傷が深くなるのは目に見えているというのに… 「リンクサイトから…」 「リンクサイト…?」 てっきり、Yahoo!やGoogleなどの検索サイトから来たのだと思っていたから、 その返答は予想外だった。リンクサイトと言ったら、思い当たるのはひとつしかない。 私のブログは、ひとつ、ビアン系のリンクサイトに登録している。 そのサイトのリンクは、当然ビアン系のサイトばかりのはずだった。 「ねぇ、はるか。はるかの日記に書いてあった人って…わたしだよね?」 今更ながらに、夏子はそんなことを確認してくる。 あの日記を読んだのなら、そんなの本人なら明白なのに。 高校の頃の思い出から何から、あそこに全部吐き出してあるのだから。 分かっていて、私の傷を深くしたくて、そんなことを聞いてくるのか… 「そうだよ」 少し、ふてくされたように彼女に返事をした。 「はるか」 「何?」 「わたしも、はるかが好き」 「え?」 予想外の展開に、また、頭がショートしかけた。
夏子の顔は、アルコールのせいだけではなく、紅潮していた。 「今日は、それを言わなくちゃって思って、はるかを呼んだの」 「え…ええっ?」 思わず、身を乗り出してしまう。 まさかこういう展開になるなんて予想すらしなかったから、 リアクションに困った。心臓が無駄に高鳴る。 「…な、なんで!?」 彼女からの告白に対して、やっと私が発した言葉はそんなものだった。 聞きたいことがあまりにも多すぎて、それを口に出すのがやっとだったのだ。 「…わたし、ずっとはるかが好きだったんだよ?」 またその発言に動揺する。 「ずっと?」 「高校のときから。自分の気持ちに気付いたのは、確かはるかに彼氏ができたときかなぁ…」 そんなことを言い出すから驚いた。 私が高校時代、彼氏がいたのは一度きり。高校二年の夏だ。 私が夏子を好きだと自覚したのが高二の終わり、高三になる直前だったから、 夏子は私より前に、私が好きだったことになる。 その事実に驚いて声も出せないでいると、夏子は私のその有様がおかしかったらしく 「本当に気付かれてなかったのね?わりと大胆なこともしたと思うんだけどなぁ」 そういうと、ふふふ、と嬉しそうに、そして満足そうに笑った。
じゃあ何、私と夏子は、ずっと両想いだったっていうの? むしろ、彼女からのアプローチが先だった、ということになる。 そう考えると、今まで彼女の一挙手一投足にドキドキしたり、 期待を持ちそうになって自制したり、 告白をしかけて、寸前で思い留まったりしていたあの努力は 無駄だったのかと、なんとなく力が抜けた。 そして、もしあのとき勇気があれば、私は高校、大学と夏子と一緒に 幸せな学生生活が送れていたのかと思うと、 ものすごく勿体無いことをした思いでいっぱいになって、 思わず「勿体無かったなぁ」と声に出してしまった。 夏子が「え?」と聞き返して来たので、 「いや、」と言葉を挟んで今考えた通りのことをそのまま話す。 すると夏子は「そうかもね」と一言置いてから、 「でも、その期間があったからこそ、 今はこんなにわたしを深く愛してくれているんでしょう? わたしが理由も言わずに呼んだら、 無理してお仕事切り上げてきてくれちゃうくらいに」 にっこりと笑って、それを言われてしまい、私は何も言えなかった。 理由のひとつは、図星で赤面してしまったから。 もうひとつは、まぁ、確かにそうだとは思ったから。 あの頃私の中にあった感情は、彼女に私を受け入れてほしいという 若く、エゴに満ちた幼いものだった。 今の私はどちらかというと、彼女を受け入れてあげたい、 彼女を包んであげたい、という想いの方が強い。 相手を受け入れられるキャパシティと強さが、成長と共に身に付いたのかもしれない。 あのときもし、彼女と付き合っていたら、自分を抑えられずに、今よりたやすく彼女を傷付け、 友人関係すら維持できなくなって、音信不通になっていただろうと思うから、 それを考えると昔の自分の今までの自制の努力を、ものすごく評価してやりたくなった。 人間なんて、単純なものだ。…そんなのは、私だけだろうか。
お店を出たのは、ちょうど日付が変わろうとする頃で、 お互い終電までぎりぎりの時刻だった。 駅まで二人で身を寄せあうように、「寒いね」と言いながら、 深夜の道路を、どちらともなく手を繋いで歩いた。 大きい通りだったけれど、表参道は人影も車もまばらで、静かだった。 正直、離れがたかったけれど、次の日もお互い仕事だったから、 そんなことも言っていられず、学生を心から羨んで、二人で駅の階段を下りた。 「はるか」 「ん?」 駅の階段を半ばまで降りたとき、踊り場で夏子が私を呼び止めた。 彼女の方を振り返ると、彼女が私の顎を右手でとらえて、 私の頬に左手を添え、唇を重ねてきた。 その間、ほんの一瞬。 驚きすぎて、目を閉じる余裕もなかった。 顔を離すと彼女は満面の笑みで私をじっと見据え、 「HAPPY BIRTHDAY!」 そう言って、嬉しそうに笑った。 「え?」 どうして?という顔を私はしていたらしい。 「今ね、日付が変わったの」 そう言って、彼女は私の脇をすり抜けて、先に階段を降りていった。 手元の携帯を確認すると、確かに時計は0:01を示している。 日付は…2月22日。私の誕生日だった。 そういえば、こうして何らかの形で、私は毎年夏子にお祝いをしてもらっている。 今年は、最高の一年のはじまりになったな、と思った。 彼女が階段を降り切ったところで、駅員さんが叫ぶ声が聞こえた。 〈○○行き〜、△△方面最終電車、まもなく到着しまーす!ご乗車のお客様はお急ぎくださーい〉 彼女が乗らなければならない電車だった。 「行って!あとで、メールする!!」 そう叫ぶと、彼女は大きく頷いて、私に大きく手を振って、走ってホームに向かっていった。 私はひとり、唇に手を当てながら、ゆっくりと階段を降りた。 心臓の鼓動がものすごく早くなっている。 中学生みたいだなと、私は笑いそうになって、その衝動を堪えた。 同時に、別のところから、笑い出したい衝動に駆られて、 そちらは抑えることに成功せず、結局口元ににや〜っと笑みが広がってしまった。 私の、約10年越しの片思いが実ったのだ。 もちろん、間に大いに紆余曲折はあったけれど、 あの頃から彼女を好きだったことには変わりない。 8年か、すごいな。 自分で気付いて、笑ってしまった。
最終電車に乗って、彼女へのメールを作成しようとポケットから携帯を取り出したあたりで、 携帯が震えた。夏子からのメールだった。 慌てて開くとそこには一言。 Title:おつかれさま♪ ------------------------- かばんの中を見てね(^O^)/ 慌てて足元に置いていたかばんの中を見ると、 見慣れない白い封筒が一枚、入っていた。 いつの間に入れたんだろう。 そう思って中を開くと、 中には一枚の飛行機のチケットと手紙が入っていた。 チケットを見ると、日付はなんと今週末になっている。 行き先は、サイパン。 手紙には、こう書いてあった。 ――はるかへ お誕生日プレゼントです。 二人で南の島のバカンスを、思い切り楽しみましょう! P.S. 生理になっちゃった!なんて、許さないからね。 ……彼女は相変わらずだ、と私はため息をついた。 相変わらず、彼女の予定は決まっていて…… …あとは、私が予定を合わせるのだ。 まぁ、私にとってはそんなところが愛しいのだけれど。 知らずに漏れた口元の笑みは、その週の週末を迎えるまで、ほとんど消えることがなかった。
完 面白かったらクリックしてね♪ Back PC版|携帯版